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おひとりさま

毎日読んだ本の感想を書いています。いつかお一人様専用のカフェを作りたいという夢があるので店名の候補をタイトルにしました。

番外編?「世界から猫が消えたなら」

書評
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14日から公開されている映画「世界から猫が消えたなら」見てきました。

4年前から猫と2人暮らしをしている、ごく普通の郵便配達員である「僕」。
とある日なんの前触れもなく悪性脳腫瘍があることが発覚し、余命僅かだと宣告を受け途方に暮れる。
そんなとき、自身と全く同じ姿形をした「悪魔」が目の前に現れ、ある取引を持ちかけられる。

「この世界から何かひとつ物を消す代わりに、1日分、命が延ばしてやる」

迷った末、「僕」はその契約を交わしてしまう。命を1日だけ長らえさせる代償として、この世から様々な物が消えていく。
電話、映画、時計……。

自分の命のためだけに、果たして犠牲にしていい物だったのか。そこに何の意味があるのか。
自分の命ってなんだ?
生きるってなんだ?
一番大切なものって、なんだ?

もう1度、自分自身と重ね合わせて、生き方を見つめ直す物語。







原作、映画と合わせて、感想をつらつらしようと思います。

以下、大変なネタバレであり、これから読もうとしている方、見に行こうとしてる方にはおすすめしません!

既に原作を読み映画も見ている方に「あ~~!  わかる~~~!」と共感してもらいたいがための記事となります。
よろしく。












好きなポイント1「トムさん」

主人公「僕」と「彼女」がまだ付き合っていた頃、アルゼンチン旅行中に出会う、バックパッカーのトムさん。

原作でも映画でも印象に残る台詞があるんです。

「時間を分や秒に区切っているのは人間だけだ」

時間に縛られず、自由に旅をしながら生きている彼が言うからこそ、ズシッとくる言葉だなあ、と思います。

「時間」という概念そのものがなくなったら生きやすいだろうなあ。そう思いませんか?

焦ったり、急かしたり急かされたり、他人から影響を受ける要因には少なからず、「時間」は大きい範囲を占めていると、この言葉を聞いて実感しました。

昔々から日時計や砂時計があったくらいだし、人類にとって必要だからこそ生み出された概念ですが、時間に追われることがなくなったら心にはさらに余裕がうまれ、鬱をはじめとした精神病も大なり小なり、その成を潜めると思うんですよね……。









好きなポイント2「世界から映画がなくなったら?」

嫌だなあ。
映画もそうだけど、この世から本がなくなったらそれも、嫌だなあ。発狂ものですよね。書店や図書館が忽然と姿を消したら生きる意義の9割は消滅する。舌を噛みきると思う。

主人公「僕」の、大学時代からの唯一の親友である「ツタヤ」(本名はタツヤ)。

無類の映画通で、暇があれば映画を見、大学でも映画雑誌を片時も離さない筋金入り。
同じく映画好きの「僕」と意気投合し、ふたりの関係は映画で作り上げられていきます。

この大事な役を濱田岳さんが演じているんですが、作中でこう言う台詞があります。

「映画は無限にある。だから、俺たちの関係もずっと続く」

毎日、「僕」が見るべき映画のDVDを持ってきてくれる彼。
「なんだかツタヤみたいだな」
「(本名は)タツヤだけどな」
このお決まりのやり取りは、お互いに大学を卒業し、「僕」は郵便配達員として、ツタヤはレンタルショップ店長として働くようになってからも続く。

男性同士のコミュニケーションって、純粋に「趣味だけ」で成立するパターンが多いイメージあります。

野球とかサッカーとか、ギャンブルとかお酒とか。
仕事の愚痴とかもたまにはあるんだろうけど、女性のそれより格段に少ないと思うんですよね。
ゴルフとかもそうですけど、一つのワードから派生していって延々とその話だけで場をまわせる。あれはすごいなあ。


「僕」とツタヤの間にも、ある種の空気感というか、マイノリティを突き詰めた者同士通じ合えるものを長年共有している。

人見知りなツタヤにとって救われるやり取りだった。ずーっと続くと思っていたこの関係が、不可抗力でなくなってしまうのを、どうにも出来ないと知った時の悲しみと、閉ざされた絶望。

取り乱した自分を第三者に見られることにも気を配れない程の混乱。

濱田岳にしか演じられないなあ、と素直に思いました。

最後の最後で、
「こんな時、何を言えばいい?」
涙を流しながらただ問うツタヤに、海の上のピアニストの、あの有名な台詞でいつも通りに返す「僕」。

わたしはあのシーンが一番好きです。
人によってグッとくるシーンがそれぞれ違うのもこの映画の特徴だと思いますが、わたしにとってはあれが一番。








好きなポイント最後「イグアスの滝

アルゼンチン旅行中に不慮の事故で亡くなってしまったトムさん。

彼の口癖だった「生きてやる!」
荘厳な滝の前で全力で叫びつづける宮崎あおいちゃんのシーン。圧巻。

この時のあおいちゃんも、
「こんな時、何を言えばいい?」と訊いた濱田岳も、
母親の車椅子を押しながら泣いた佐藤健も、
海辺で妻と息子の写真を撮ろうとして涙で震えて手元が定まらなかった奥田瑛二も、
みんな演技で泣いているようには見えなかったんだよなあ。

台詞を言って、役に成り切っての感情から涙が出た、っていうよりも
それぞれの役者自身の生の感情が思わず溢れでた、という感じがした。

それくらい自然というか、頑張って泣いてます感がなかったから、受け手としてもごく素直に移入できたんだと思います。






生き方とか、命に対する考え方に、正解はないんですよね。
正しいとか間違いとか、価値観の上で語るものじゃない。
言葉は知ってるし頭ではわかるけど、というやつ。
自殺の是非をとか尊厳死問題とかいろいろね、ありますけど、法や倫理で縛る前に、ひとりひとりの頭で考える絶対量が足りてないと思ってしまいます。

そんなことを考えさせてくれる、よい作品です。