おひとりさま

毎日読んだ本の感想を書いています。いつかお一人様専用のカフェを作りたいという夢があるので店名の候補をタイトルにしました。

伊坂幸太郎「首折り男のための協奏曲」を読んだ

 

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安心して読めました。私にとっての伊坂幸太郎は「安定感」がある。読んでおきゃ間違いはない、絶対に損はさせない、っていう気概が最初から備わっている。稀にグラスホッパーとか理解の範疇を超えてくる作品も多いけど。

「首折り男のための協奏曲」は、人の首を折ってころす仕事をしている男と、その周囲にいる人たちの話を集めた短編集です。どの短編も、この首折り男主観の話ではなくて、その周りにいる人たちが語っている話。読んでいてなんとなく白夜行みたいだなと思った。重要な登場人物なのにその人自身の思いが語られず、どうしてそんな行動をしているのか真実も明かされず、ただ周りにいる第三者たちの意見で「首折り男」という人物の型が鋳造されていくかんじ。

 

どの短編も読みごたえがあるものばかりなんだけど、単に好き嫌いで言ってしまうと「首折り男の周辺」と「人間らしく」のふたつが好きです。どちらにも苛められている男の子が出てくる。理不尽で胸糞わるいやり方で追い詰められるんだけれど、爽快な「見えない手」の力によって救われるんだ。あーよかった、って心がスッとします。少し前は、苛めにまつわる話は他人事ではない気がして生理的に受け付けられなかったんだが、さいきんは、どんなに嫌な目に遭わされても天の配剤というか、青天の霹靂のようなある種の「力」で、助けてもらえる結末の話が多い気がするから、信頼して読めるようになってきました。その点でいっても伊坂幸太郎はまさしく安心できる作家。

 

首を折って人をころすなんて(そもそも人をころすってこと自体が)えげつない反人道的な行為だけど、伊坂幸太郎が書くと途端にビジネスの顔になるから、なんだか淡々としている。首折り男も、なにか自分にとって譲れない目的のためだけにビジネスとして人の首を折ってるのかもしれないな、と思えてくる。なにも考えずに食べていくための手段としてとらえてるだけかもしれないが。どっちにしろこわいな。

 

時空のねじれってものが本当にあったとしても、過去に戻りたいとは思わないな。未来に行きたいとも思わない。あまり、昔がどうだった、とか考えなくなってきた。忘れてしまっているというのもあるけれど、いまこの時に何をどう考えたって過去に起きたことは覆らない。そしてたまに、私の記憶と他人の記憶の、あまりにもの食い違いっぷりに唖然となることがあるんだ。で、往々にして相手の記憶の方が正しい。そうなってくると私の信じていた過去はまるまる事実とは違う可能性がある。考えるだけ無駄ってやつ。ここから手を伸ばして過去を改変することができないんなら、いまに集中した方がいいよね。諦めの一種なのかもしれないが、なるべく労力を節約して生きていかないと、この先も何十年生きなきゃならないんだとしたら身体が保たないしね。